
ここで話す「ブルース」は、下層庶民が始めた音楽のことで、商業化された「ブルース」とは区別する必要があります。
アメリカに移住させられた黒人奴隷たちが、労働の辛さを和らげるために歌っていた「フィールドハラー」や「プランテーションソング」と言われるものが、ギターと出会ったことで発展した音楽が「ブルース」です。
その後に、白人音楽家や資本家たちによって広められた「ブルース」とは、全く違ったものです。
ブルースの文脈でよく聞く音楽家の「スティーブン・フォスター」の作る音楽は、ここでいう「ブルース」には当てはまりません。彼は「ミンストレルソング」という「黒人をバカにすることでお金を儲け、さらに、人々の間に差別思想を広める」という悪事に加担した人物であり、「黒人音楽を広めた功労者」などではありません。
ブルースは労働者の音楽であり、単純労働をする黒人たちの唯一の「救い」になるようなものであり、とてもパーソナルなものです。上級国民の音楽ではありません。
このギターブルースが、ポピュラー音楽の中では、非常に特異なポジションに位置していると言われています。
現代のミュージシャンたちが尊敬している音楽家を調べていくたびに出くわしたのは、必ずといっていいほど、ギター音楽としての「ブルース」でした。
そのブルースが、クラシック音楽とも言われる「西洋音楽」の常識から見ると、とても「異常な立ち位置」にいることを、菊地成孔、大谷能生、両名による一連の著作を読む中で知りました。
憂鬱と官能を教えた学校 | 菊地 成孔, 大谷 能生 |本 | 通販 | Amazon
教会音楽は、神に捧げるものです。
ですので神聖さが常に求められていました。
しかしその「神聖さ」の基準を決めていたのもまた、人間でしたので、時たまおかしなこともあったはずです。
誤った解釈をし続けたキリスト教の教えの中には、2019年になっても「踊ることはタブー」が一部では存在しているそうです。
【疑問】クリスチャンはダンスをしてはいけないのか? – 週刊イエス
これだけに限らず、誤った解釈を前提としたキリスト教には、人々の幸福を制限するようなおかしな教えや教義が数多くあるそうです。
しかし、私が知っているラプトさんの聖書の教えでは、そのようなクリスチャンの誤った教えなどはなく、理路整然とした聖書解釈によって、人はより幸福に生きることができると、教えてくださっています。
何よりも、ラプトさん自身が制作された(私自身)これまでに聞いたこととない「讃美歌」には、これまでのキリスト教の「常識」を全く新しくさせるパワーを感じました。
話を戻します。
ともかく悪魔崇拝者たちは、人間が本当の幸福に至ることがないように、巧妙に嘘を広めて、あれこれ人間に制限をかけて、気付かぬうちに人間が不幸になるように画策してきました。
これは「音楽理論」でも一緒で、キリスト教の教理の中では「タブー」とされた「ブルース音階」を「人間を堕落に向かわせる音階」だとして、悪魔崇拝者たちは、ブルースを使った一代キャンペーンを始めたのだと感じます。
そして「ポピュラー音楽」と「アイドル=偶像」を掛け合わせて大成功を収めたのが「ビートルズ」であることは、誰もが知っていることだと思います。
ビートルズの音楽も当時、親の世代からは「ふしだらだ」とか「神を冒涜している」とか言われましたし、ビートルズより前のエルヴィス・プレスリーも状況は全く同じでした。
実は、ジャズが流行った時もそうでした。
ジャズが有名になり始めた頃に、ジャズが批判された主な理由は何ですか? – … – Yahoo!知恵袋
ビートルズの音楽は、活動を重ねれば重ねるほど「危険」になっていきました。特にインド思想にハマった頃からその危険さは加速していったように思います。
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これと同じようなことが、ギターブルースの中でも行われていたと言えます。魅力的なものに悪魔の思想を埋め込み、人々にその思想を植え込むために使うのです。
その罠に気づいて、一人一人が、大事な心を守ってくださることを願います。
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悪魔崇拝とブルース伝説
はっきり言って、ギターブルースはつまらないです。
確かにブルースに共感する部分はありますが、音楽的には非常につまらないです。もちろん、クラシックの音楽の歴史から見てブルーノートというものは特殊なもので魅力的なものですが、音の構造に変化がなく、つまらないです。
ブルースを神格化したいのは、悪魔崇拝者なのでしょう。
ブルースとは「憂鬱」という意味がありますが、人は憂鬱にならないほうが健康的ですので、ブルースにどっぷり共感するということは、精神衛生上非常に危険です。
まさにフロイトの思う壺です。
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ブルースを語る上で必ず出てくるのが、「ロバート・ジョンソン」です。
ロバート・ジョンソンといえば、彼が道路の「辻=十字路」で悪魔と取引したという「クロスロード伝説」が有名です。
クロスロード伝説 (ロバート・ジョンソン) | ブルースコラム~歴史とエピソード
そして、これらの天才によくありがちな、プライベートは酷い生活というのも、セットでついてきます。
で、いわゆる「クラブ27」の最初期の頃の人物でもあり、27歳で死んでいることを見るだけでも、彼が裏社会に属していたことが伺えます。
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ちなみに、演奏がすごいと言われるロバート・ジョンソンですが、同じようなプレイをするブルースギタリストは他にもいます。
決してロバート・ジョンソンだけが、すごいわけではありません。
例えば、ブラインド・ウィリー・マクテル。この人は目が見えません。日本で言えば「琵琶法師」とか「瞽女(ぜご)」ですね。
個人的には、歌とギターが独立した演奏をして一つの「曲」になっているというところに「すごい!」と感じますが、それは、一般的な人でもある程度訓練をすれば身につけることができるものですので、ロバート・ジョンソンだけが異様にもてはやされるのが、おかしいと思う理由でもあります。
ジョアン・ジルベルトがすごいと感じるのもこの「歌とギターが独立した動き」によるものだと思います。
労働者始め、お金持ちが「録音」して広めた「ブルース」
そんなブルース。
当時は、アメリカの南部のごく狭い地域での「アメリカの地方の音楽」でしたが、当然のように、お金持ちの白人たちの手によって、広められていきました。
1900年代に入ってからの大正や昭和初期の頃、アメリカの一地方で黒人の人たちが奏でていた音楽を珍しがって録音した白人アラン・ロマックス Alan Lomaxがいました。

ロマックス一族が最新の「電気録音機」を使いフィールドレコーディングを重ねたことで、都市部に存在しない「ブルース」は商業音楽のエリアに入り込みます。
その後紆余曲折があり、黒人の「魂」として、黒人系のミュージシャンを中心に受け継がれていきます。
このロマックス一族も、結局は悪魔崇拝者たちに利用された側面があります。
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原始的だからこそヒットした「ブルース」
ブルースといえば「スリーコード」
三つのコードを覚えてしまえば、ブルースという音楽は成り立ちます。
これが一番「怠惰」な状態で結実したのが「パンク」だと思います。
浮浪者のようなみすぼらしい格好で、よくわからないけど何かに「反抗」しているというファッションであり音楽。
それが「パンク」です。
いわゆる「3S政策」の観点から見ると、無益なパンク音楽に熱狂させておいた方が、統治する側からしたら、都合が良かったのでしょう。
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そしてエルヴィス・プレスリーやビートルズをはじめとする、あらゆるポップ音楽は、この「ブルース」を「ルーツ」に作られたものです。
この「誰でもできる」というのが、ブルースが広まった要因の一つと考えられます。
娯楽も今のように溢れるほどないなか、三つのコードで一人でも演奏ができたギターブルースは、どのように受容されていたのでしょうか?
黒人たちは単純労働の中で、教会音楽とはまた違った「ワークソング」を生み出し、心の慰めにしていたことでしょう。
文明が高度に発達した現在でも、労働者の多くは、単純労働に従事し、悪政によるさまざまな苦しみに苛まれている人も多いと思います。
言葉が全てわからなくても、ブルースシンガーたちが置かれていた境遇と、自分の境遇を重ね合わせる時、それだけで、このブルースという音楽の素晴らしさに感動を覚えます。
教会音楽の「メジャー=明るい」「マイナー=暗い」という単純な分類には当てはまらない「なんともいえない感情」に近いと言える「ブルース」は、人間が求めていた音楽だったのだと感じます。
それらを横取りするような形で、新聞やメディアを牛耳っていたユダヤ人たちが、ブルースをどんどん、無益なものにしていったと見ることができます。
これがブルースにおける「プロパガンダ」です。
才能ある人ほど、悪魔崇拝者たちの餌食になってきた人類ですが、これからは、悪人たちに才能を売り渡すことがないように、本当に健全な文化が広まっていくことを願っています。